週末、共鳴

今週末、19日は四谷LOTUSにてレゾナンスのライブです。フライヤーのデザインに定評のあるmarcominelmanの企画に出演します。


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ほら素晴らしい!(音楽もすてきですよ)
レゾナンスは新曲マシマシな攻めのセットリストで臨む予定です。立ち止まっていられないのは大人の方が尚だから。



チケットの予約はツイッターのバンドアカウントへのDM、またはメンバー個人への連絡にてお願いします。

腐りきれないこと

Rotten Apples,The Smashing Pumpkins Greatest Hits

Rotten Apples,The Smashing Pumpkins Greatest Hits

貼り付けたitunesの表示が変わってしまってよくわからないことになっている。「この曲のプレビューも聴けるし250円でも買えるし、アップルミュージックなら聴き放題だよ!」みたいな説明書きが毎回出るようになってしまったのだが新しい仕様なのかな?露骨な売り込み臭くて品がないですよね。ジャケットの写真とレビューだけを再生するボタンがあって、聴いて良いと思ったら別窓に飛んで買うなりアップルミュージックで探すなりって手順に売られる音楽のあるべき姿が守られてると思ったのに、最初から売りにかかるとかリンゴはやはり腐っていたのか。



広告が表示されるのが嫌ではてなプロ会員なので一応アフィリエイト使えるのだが、itunesの貼り付けに関しては載せた曲のプレビューを誰もが聴けていいかなと思っていたくらいなので、元のアマゾンの貼り付けに戻すかな・・・ただアマゾンだとアルバム単位の貼り付けになるので、取り上げたかった曲名の表記がブログのタイトルになりがちになるのが悩みどころ・・・って結局は自分の問題。アフィリエイトバック狙いのブログを書くほど僕はまだ自分を捨てきれない。



思ったようなブログを書けただけで1日が何とか纏まったような気がして、読み返すだけでそこにあの日が確かにあったように感じるられる。それは自己満足であり、あるべき姿のように思えるよ。

Have You Ever Seen The Rain


Have You Ever Seen The RainってThe Jeevasのカヴァーバージョンがいいよね。ってかわりと最近までThe Jeevasのオリジナル曲だと思ってたよね・・・!



The Jeevasも再結成後のKula Shakerも本国では売れなかったののに日本では人気があったのはやっぱりクリスピアンがイケメンだったからだろうか。ってかKula Shakerって名前からしてメタルバンドだと思ってた時期あったよね・・・!

永遠のワルツ

5億年ぶりにフェイスブックに書き込みをした。



肉親を亡くしたというかつての恋人の投稿の通知がスマホにあり、その内容の重さや自分が肉親を亡くした際にはメッセージをくれたことから久しぶりにコメントを残して来た。400年ぶりくらいなんじゃないか。


肉親、親族に限らず大切な人の死・・・不在は割り切れるものじゃないと思う。泣けてしまう夜の頻度は減っても、多分、ずっとなくなることはない。答えてくれない、応えることも出来ない存在と領域が増えること、それが大人になっていくということなのかもしれない。
自分自身だけのものになった問いこそが、故人という永遠なんだろう。

静かなる家族


先日妹とラーメンを食べに行った時、あまりに静かに麺を食するからびっくりした。が、僕も前に誰かに「音を立てずにラーメン食べるよね」と言われ、「スパゲティ屋だからね」とよくわからない返しをした気がする。ズルズルとすすらずモソモソと口に運んでいくスタイル。



そういえば前に家族でご飯を食べに行った時に弟が「みんな静かに食事するなあ」としみじみ語っていたな、食事をする時に音をたてたりとか行儀の悪い職場の同僚が苦手だとも。マナーや行儀のことに関しては小さいころからの家族での躾けの賜物でしかない。ありがたい。
やっぱり僕も他人の食事時の様子とか気になりますね。後は言葉遣いかな。同姓異性関わらずだけど、この二つが気になると仮に新垣結衣に迫られても無理だな。小松菜奈だったら考える。

灼熱は効率を焼き


子供の頃はマンガ(コミックボンボン)を読みながらテレビを観ていた。一体どうやって・・・今となってはご飯を食べながらテレビを観るのも結構気を使うし、ご飯を食べながら他人と会話することも覚束ない。呑みの席ではつい語り過ぎて食べられず仕舞いになる。金返せ。




集中力が衰えているのか。もしくはちゃんと集中できるようになったのか。




ちなみに読書をしている時は言葉が耳に入ってこないように洋楽かインストしか聴けない(荒木飛呂彦先生も言ってたな)。そして気分がノリ辛い通勤時間は48Gの曲ばかり聴いてヨッシャイクゾへとアゲていく。
そう考えると日本語の他の音楽、邦楽のバンドとかいつ聴いてるんだろう。ほとんど聴いてないね。そりゃ売れないわ。

All My Life

考えてもわからないものはわからない。学生の頃のテストや受験の時には「わからない」と思ったら即座に諦めて次に行くのがコツだと思っていた。マークシート方式の時にはとりあえず全部Aを塗りつぶしていけば4分の1は当たるだろうと・・・当たるはずなのに20点も取れないとかこの世の確率の均衡どうなってんの。


必死になって思い出そうとしてそれらしく思い浮かんだ答えなんてそれは自分のものだと言えるのかと、答えることにさえ問うていたあの頃の無限自分探し。




作詞作曲をしている時に「できない」と思っても状況的に即座に諦められないことが多くて、椅子の上で体制を何度も変えたりヤフーニュースを毎分更新したり、爪を噛み続けたりしてやっと絞り出せる時がある。汗か涙かわからない代物になってやっと滴り落ちた言葉やメロディーは、あの頃の俺理論からすればそれは自分のものだと言えるのかということになるな。



正解はスマートの中にあるべきという幻想は今でも捨てきれなくて、鍛錬と勤勉の果てに辿り着けるのだとも思っている。
最期に一発でキメる為に執念と勘でジリジリ進むのが人生なのかとも。