私の怒りを吸い上げるヴィーナスわずかな覚醒を看取る日々さえ

Castle・imitation

Castle・imitation

仕事中に突然泣き出したり、「イタタタ・・・」と手首を押さえながらチラチラ他人目を気にしていた新入社員が退職した。
4ヵ月、社会人としては論外なんだろうがそのタイプとしては持ったほうなのか。



個人的には休憩に行ったと思ったらそのまま帰られたり、何の前触れもなく欠勤されて仕事的には正直ほんとうに大変な思いをたくさんさせていただいたのだが、それでも「あのクソッタレ不幸になれ!」とか「あんなメンヘラどこに行っても絶対上手く行かない!」のようなことはあまり思わなくて、どちらかと言えばどれだけ歪でも勝手でもその魂が収まる場所があると思いたい・・・のような気持ちが大きい。
そのくらいには神様を信じたい。



それが謎に迫る気力を失った後の祈りだとしても。



不完全、或いは不完全だと自負してしまう個を生み出しておいて、健常でなければ蔑まれ笑われるような世界構造を作り上げたわけではないですよね?とずっと問い続けている。


人間程度のバグにカブれたくない。

自由という最高の分際

All Right Now

All Right Now

  • フリー
  • ロック
  • ¥250

万年人手不足の職場にフリーターが入ってきた。
シフトに融通も利く!その分自由な未来に希望も抱いている!!




・・・やっと仕事を覚えた頃に辞めてしまった。



まあ未来に希望を抱いて自由だったら
条件も方法も世の中には満ち溢れているだろう。
幕末レベルに不安定でなければ大事を為せない時代
インスタントに見える身の振り方こそが試されるのか。




話は変わるけど、音楽や演技など表現の世界で夢を諦めたと公言する人間が
最近なぜかプロブロガーへの道を歩み始めることが多い気がする。(知人で)



そこには執念問題抜きに誰でも適当な評価で小銭を稼げたり
ステマチックに承認欲求を満たせる
その手の挫折者救済を対象にしたサービスでも組まれているだろうか。




登場人物全員の野心適当だから気をつけて。

Under The Bridge

冷や汗をかいたり耳鳴りがしたり・・・身体で異常を感じるくらいにならないと
辛いものを食べた気になれない。


もはや苦痛でしかないし、もちろん生き物の性質として苦痛は避けたいが
「辛いものを食べて満足したい」という気持ちは苦痛にしか満たせない。



心は何を求めているのだろう。



仕事が嫌でも辞められない人が
当たり前につらくないと安心できないことに似ている


心の素質の問題だ。

放課後のクローゼット

AKB48 衣装図鑑 放課後のクローゼット ~あの頃、彼女がいたら~ (TJMOOK)

AKB48 衣装図鑑 放課後のクローゼット ~あの頃、彼女がいたら~ (TJMOOK)

お祭りのテキ屋で手に入れた景品を見ながら幼い頃


「こんなチャッチイものでも誰かの仕事によって作られてるんだな
誰かがデザインして誰かが組み立てて・・・世界マジ立体的」


のようなことをモヤモヤ考えていたことを覚えている。



僕がチャッチイと思っていただけで
本当は誰かの真摯なイメージの産物だったのかもしれない。
誇りをもった仕事の結晶だったのかもしれない。


或いはヤ○ザが何かしらの圧力で生み出した粗悪品か。




世間には、同じような衣装を着て
同じような笑顔で纏め売りされてる粗悪品と思われている
48Gの歴代の衣装を片っ端から集めて収めて掘り下げた一冊。




本当に人気もお金もなくて、全員が統一な衣装で
そこで工夫と無理によって何とか作り上げてきた時代と
メンバーの衣装を一人ひとりバラバラにデザイン出来る程になった国民的アイドルな現在との、イメージの再現への熱量が全く変わっていなくて
そりゃブラック企業と呼ばれるわ・・・と思った。作業量!作業量!!
塗りつぶされるほどの徹底もまたブラックに成り得る。



立体的な世界の縦幅マジ半端ない。




9割が衣装の写真と説明文に占められており
「さくらたんかわいいなあ」みたいな気持ちで購入すると困ったことになる。
さくらたんは286ページ中5ページしか載ってない。



ファンアイテムでもないしコレクターズアイテムにも成り得ないだろう。
この文化の一つの正体知りたい人だけが手に取るべき一冊。感動します。

とるにたらないものもの

とるにたらないものもの

とるにたらないものもの

見つける為に探すのか、感じるために思うのか。



日常の端々を捉えて書くエッセイを開く度々に構えてしまう。
でも、それを丸ごと吞み込んで
見つける為に探しても感じるために思っても・・・探さなくて見つけても思っていなくても感じても
作品にする、成り立たせてしまうものがエッセイなのだと
「決定的」な度々に思い知らされる。



ナオコーラ先生や谷川先生のエッセイような
日常を超越するやら抉るやらの思想ワールドではないけれど
日々、接する何でもない物体、言語を取り上げて
日常でこそ書ける言葉と浪漫で連ねたこの作品は
僕らにちゃんとした発見と意識を与えてくれる。



うわあ、このくらいのこと書いて暮らしたいなあ
・・・それが出来ない最高峰のエブリデイ。



全てが「決定的」な何もかも。

思い出が今答えに変わる夢はあの日見つけた

ファイト

ファイト

人生はこれだけじゃなくてそれだけじゃなくて

いろんな捉え方と、それぞれの特別がある。


オンリーワンなのは自分自身でもあなた自身じゃなくて

それぞれの受け止め様だから、対象が強い想いなのかもしれないし

どうしようもないくらいの現状の大変さや疲れなのかもしれない。


特別は尊そうなものだけを選ばない。そして捉えられたら最後。


強い想いを捉えてしまったら囚われた一生を生きるしかない。

形振り構っていられないし、立ち止まれる隙は一瞬もない。

逃してしまう変われる機会もあるし、道を分かつ誰かもいるのかもしれないけど

息を止めてそこを潜り抜ける。


後からあれは本当に寂しかったなと振り返るのかもしれない。


振り返られるくらい遠くに行かなくちゃ。