帽子でハッと

Colma

Colma

仕事の休憩中に外して置いておいた帽子とエプロンが行方不明になってかれこれ半月が経つ。


どれだけ探しても見つからないので新しいのをもらって事なきを得たのだけど、消滅するはずないよね。誰かが間違えて持って行ったなら「メンゴメンゴ2つ持って帰っちゃってたわ」といい加減言い出すはずだがそれもない。自分の制服を忘れて気まずくなった人が勝手に使ってシラを切ってるか、僕の匂いフェチ(やばいよそれ)が意図的に持ち去ったのだろう。



どんな形であれ、この世のどこかであの帽子とエプロンが新しい日々を続けているのだろうと思うと胸がキュッとなる。フェイスブックでその後を辿れなかった頃の別離のことを思う。
さよならだけが人生だったんだ。

ゼロリスタート

ZERO

ZERO

ボイトレの先生に「たくさん練習してるのも努力してきたってのもわかる。でもその分力んでる。最初から全力だとそこから強弱が作れなくなる。メロディーが本当にメロディーとして、言葉が言葉として人に伝わるのは必ずしも力を入れた時だけじゃない」と言われ、何だかそれって全てに通ずるなと思った。

ソロい踏み

ソロでのライブがいろいろ決まっています。


7月14日高円寺ampcafe
8月12日下北沢STUDIO BAYD
8月23日新松戸FIREBIRD


メンバーとして活動している各バンドからピックアップした曲、ソロとしてのオリジナル曲、マニアックな曲のカヴァーを特殊奏法を交えて弾き語りします。時間に余裕があったら面白トークもします。
ご都合つきましたら是非お越しください。



↓は以前のライブ時に撮影していただいた映像になります。なかなか珍しいスラム奏法弾き語りだぜ!





誰かと組んでアコースティックユニットみたいなのをやりたくて、でも実際に最少人数編成のグループってもっと難しくてポシャってばかりいたのですが、某バンドのヴォーカリストと新しく一緒に何か演ろうかねという話になってます。
アコースティックユニットの定義をブチ破る本当に新しいものを考え中。

True Believer

True Believer

True Believer

人が自分を信じる力、人が他人を信じる力、他人が他人を信じる力をチカチカするほど目の当たりにした週末だった。


ワールドカップでスペイン相手にハットトリックを決め、「自分を信じていた」と語ったポルトガル代表クリスティアーノ・ロナウドは普段の昼食には無味の鳥のむね肉と野菜と水しか口にしないらしく、友人が遊びに来てもボールでしか遊ばないらしい。
そりゃ自分信じられるわ。世界に立ち向かう為にひたすらに向き合ってきたんだから。


AKB総選挙でずらっと並んだ立候補メンバー達を見て、こんなに自分の夢を信じている人間がたくさんいるのかと思ったら涙が出た。形は違ってもロナウドのように自分に自身をひたすら課してきた毎日を送ってきたのだろう。



日々に追われると、出来る選択はその隙間にのみに限られてくる。疲れていたら、安らぎたかったら・・・そのタイミングにやるべきことを課すことが出来るのだろうか。そこを超えるか超えないかに線が引かれているのか。


結構本気で疲れていて、でもブログを書いている。靴先だけでもその線の向こう側へ踏み出す。

新松戸のドン・ファン

Down By The Jetty

Down By The Jetty

先日の新松戸での星追いのライブの際、会場にたまたま立ち寄っていたハッチさんと久しぶりに再会した。一緒に呑んだ。


何を隠そうハッチさんと僕はEDDIE PUMPKIN'S HIGHというロックンロールバンドの現ベーシスト、元ベーシストの仲だ。言わば無関係者。会ったこととか一回しかないほぼ他人。
・・・なのに楽しかった。爆笑したな。これだからバンドは最高!あ、バンドは関係ないか。


そんな僕らのEDDIE PUMPKIN'S HIGHとレゾナンスの夢の対バンは7月8日新松戸FIREBIRDにて。誰得なのか?ロックロール得だろ。突き破るぞコラ。





個人的な問題として十数年続けてるブログだけど、ハッチさんみたいになぜか「ずっと読んでる」って人が現れるのが夢があるところだと思う。読んでもらう為に書いていなくても、言葉は誰かに届いて意味を成すのかもしれない。ある種。もしくは、全てにおいて。


ハッチさんイケメン!新松戸のドン・ファン!!ある種。

叱りながら愛してくれ

シャングリラ

シャングリラ

チャットモンチーの解散前最後のMステ出演のパフォーマンスをたまたま観た。


何年ぶりかのシャングリラとか、当時聴いたり後輩のバンドのサポートでギターを弾いてた身からすると「懐かしいなあ」とどうしても思ってしまう。彼女たちは何十回、何百回と繰り返してきたその際で演っているのに。
積み重ねは外からは見えにくいもので、成長は辛うじてわかる程度の誤差だったとしても本人にとっては何よりの財産だ。演奏後の2人の笑顔に思った。
物語は世の中の内にあって、でも物語の全ては世の中に収まらない。



超えている部分にこそ気付ける人であれたら。