私の中の図書館

長いため息のように

長いため息のように

荷造りをしていると自分はこんなに本を持っていたのかと気付く。
県内屈指と自負するCDの量に隠れているが
音楽雑誌や専門書、小節や漫画を合わせると数百冊に及ぶ。


CDもそうだけど所有している=中身が頭に入っているというわけではないのが
難しい所。特に僕は読書は何かを得たくての習慣なので尚更。



いつか再確認、再履修する為の所持なんだが
それがむしろ甘えになっていないか。
いつでもそれが出来るという。


最初に読んで感じることをもっと大切に出来ていれば
物としてのストックに頼らなくてもいい。



物はいつか失くなる。僕もいつか亡くなる。
どちらが先にしても後になっても最期まで突き抜けるのは
覚えていることだけ。
忘れられないくらい、感じたことだけ。




・・・と思いながらかなりの数の本を手放したんだが
引越し先のマンションが図書館の隣って超好条件に甘えた節があることは否定しない。