朝日の誓い(後編)

熊木杏里, 朝日の誓い

私は私をあとにして

私は私をあとにして

外では雨が降り続いていた


車通りの少ない住宅街、雨音と
店内で流れているハンク・ジョーンズ
ピアノのタッチの音だけの今のように
ロマンチックというよりは、それだけの単純のように



やはり愛知のCDの相場は高くて関東に比べれば在庫も少ない
かつてのように夢中に探し漁ることも出来ず
作品を選ぶことに昂ぶれず、伸ばす手も鈍る


原理への想いを守りながらも、地続きの今を生きていても
こんなにも
何もかも昔のままじゃなくなっていく



おじさんが対応してくれるレジに向かう
手にしていたCDはリチャード・アシュクロフトの「Alone And Everybody」だった


レジ内に設置されているパソコンに向かっているおばさんは背を向けている
声をかけたかった・・・けど、勇気に及ぶほどの言葉が見つからない
むしろその感情に恥ずかしささえ混じる


1200円くらいだった値段に、関東だったら300円以下だなと思いながら
財布から小銭やらお札を取り出す
そこで客としての僕に気付いたのかおばさんが振り向く



「雨なのにありがとうございます。車でいらっしゃったの?」


「・・・いや、自転車で来ました」


「合羽を着て?傘差し運転は禁止になっちゃいましたよね」


「僕、実は関東に住んでる人間なんで禁止になったって知らなかったんですよ
だから傘差し運転で・・・」




あれから4年近い月日が流れていた



月日が流れることや歳を重ねていくことは
全て、様々な形の別れへと向かっている


衰えたり失ったりする身体や機能や
忘れていく記憶の絶対として未来が存在する


同じくらい静かな絶対が社会や現実の雨粒として音もなく降り続ける
心や魂を静かに、打ち抜いて呑み込んで
浸して
何が何だかわからないまま過去を正しく失い
気付かないまま溺死していくように誘っていく



泣きたかったけど、泣けるだけの僕はもう
とっくに関東の多忙とかいう時間の中で打ち抜かれ溺れて消え去っていた



傘を差して帰れば僕だけが当時に還れるわけじゃない
でも、傘を広げる僕は何を守りたかったのか



証明したかった・・・ずっと、証明したかった
正しさは正しいことを選んでるはずだった
僕は未来ではなく、あれからを未だ生きてるつもりでいる
ほとんど言い訳のように



言い訳で選べる言葉が
未来を覆せる唯一の要因だと信じながら