ぬくもりへ

仕事帰りにいつも缶コーヒーを買っていた自販機がなくなってしまった
あそこだけはいつまでも110円のままだったのにな


「100円玉で買える温もり、熱い缶コーヒー握り締め」
・・・と歌っていたのは尾崎豊だったか


今では100円じゃ温もりは買えない
時代の定価は税込み130円だ
バイクを盗んでる場合じゃないし
仕事後に流れで硬貨を投入出来る金額じゃない



100円玉の温もりを抱え恋の結末を想い馳せながら
逃げ出せるはずの思春期も
仕事という拘束の後に一息つけるはずの束の間の夢も
どんどん赦されなくなっていく
おそらくこれが社会の進歩であり発展なんだろう


確かなものは数字や形、意味合いですらない
時代はずっと本質からズレ続けて
皮肉なことにそれが意味も価値を持つ



時々思う、確かなものなんてセックスくらいしかないんじゃないかと
誰かの温もり以外に不変のものなんてないんじゃないかと



別にエロいことは考えてない


ただ、時々酷く泣きたくなる