立花宗茂

せっかくなので立花宗茂についても少し・・・


小学生の頃、歴史に目覚めて以来ずっと好きでしたね
新撰組のトシさんに人生観奪われるまでは
高橋紹運立花宗茂の親子を一番好きな人物として
常に上げていたくらい


自身の中に正義、正しさというものをしっかり宿し
それを激情として燃やすことも
冷静さや優しさとして展開することも出来る人
いい意味でも悪い意味でもいろいろ振り切れてる偉人が多い中で
信念をバランスよく活かし、全うすることが出来た稀な一人


そんな彼の個人的に印象深いエピソードを少々・・・


主家、大友家が島津の大攻勢に合い、父の高橋紹運が籠もる岩屋城も落城(763名玉砕にて)
宗茂が籠もる立花城は5万とも言われる島津勢に囲まれる
抗戦の構えと講和の譲歩を代わる代わるチラつかせる宗茂の時間稼ぎの策が講じ
本州から豊臣の援軍が到着する


退却を始める島津に対し立花軍は追撃を開始するが
その時「少数での追撃は危険です」と諌めた家臣に対し
「父や母の仇を討とうともせずに、生を甘んじていくことなんてできない
誰もついて来なくても、例え自分一人でも島津を追う
死んだら死んだで父へのいい挨拶になろう」と応え
電光石火の雷撃戦で、3日あまりで筑前から島津軍を駆逐する



かたや、関ヶ原の撤退時には敵中突破して退却してきた深手の島津軍と遭遇
同じ西軍同士だったとはいえかつての因縁の相手・・・
家臣達が「今こそ父上様の仇をとる時です」と声を上げるのに対し
「窮地に陥ってるものを狙うのは武士のすることじゃない
今日は共に西軍として戦った同士だ」と手を差し伸べ
轡を並べて九州まで一緒に帰ったという
島津義弘はこのことにとても感激して、その後の宗茂の危機に援軍を送っている)



情や意志に基づいて命懸けで戦える強さを持ち・・・
でも、情や意志の強さが戦う為だけのものではないことも知ってる人
理屈ではなく理由を大切にする人格者だったのだと
様々なエピソードや生きていった道を知るほどに
つくづく思いますね




いや、ここでこの手の長文打つのほんと大変だわ・・・
文脈正しいかとか全然把握しきれない(笑)
このブログの持ち味とも言うべき流し書きのスタイルにも合わないし
やっぱり歴史用にもう一つページ持とうかな
コツコツ書いて月一更新くらいの